緑内障 glaucoma |
part Ⅳ |
■ 緑内障は
臨床的には,眼圧上昇により視機能障害が進行し,最終的に失明に至る疾患である.
眼内の虚血や出血•ぶどう膜炎•外傷•白内障•腫瘍等など原因となる先行疾患,あるいは治療薬のための副作用により,二次的に眼圧上昇をきたすカテゴリーが『続発緑内障』である.
続発 secondary としての病態は,開放隅角型・閉塞隅角型のいずれもあり得る.眼内の循環障害(糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞,眼虚血症候群)の経過中に起こる新生血管による隅角閉塞(血管新生緑内障),ステロイド薬により誘発されたステロイド緑内障が重要である.
血管新生緑内障 neovascular glaucoma / rubeotic glaucoma
眼内虚血病変やある種のぶどう膜炎において,ぶどう膜は
新生血管発生(←血管内皮細胞増殖・線維芽細胞増殖)の場となる.また,
VEGFのサブタイプに,Schlemm管の収縮・眼圧上昇をきたすものがある.
・虹彩に新生血管が張り付く(虹彩ルベオーシス rubeosis iridis).新生血管の存在は,脆弱な房水関門により房水組成を変化させ(血漿様房水),流出抵抗が増加する.さらに,Schwalbe線に向かって虹彩が引き寄せられると,周辺虹彩前癒着となり閉塞隅角の病型となる.
・線維柱帯に新生血管が張り付く.これは流出抵抗の増大をきたす,開放隅角型である.やがて線維増殖が進行すると虹彩面が隅角に引き付けられ,閉塞隅角の病型となる.
・線維柱帯間隙を新生血管が埋める,あるいはSchlemm管に絡む新生血管の場合は,開放隅角型で終始する(angle rubeosis).
・三大原疾患は,増殖糖尿病網膜症,網膜中心静脈閉塞症,眼虚血症候群.ぶどう膜炎ではBehçet病や原田病など.
古典的には出血性緑内障 hemorrhagic glaucoma と呼んだ病態である.この場合,眼内の出血そのものが高眼圧をきたす意味ではない.最近では出血性緑内障という日本語表現自体が廃れ,出血緑内障として次のような包括的意味になっているかのようである.すなわち眼内出血を元として,崩壊赤血球が線維柱帯を目詰まりさせることで眼圧上昇をきたす ghost cell glaucoma 泡沫細胞緑内障,凝固血液や貪食マクロファージが隅角を塞ぐ hemolytic glaucoma 溶血緑内障,硝子体出血や駆逐性出血での眼圧上昇をも含めての出血緑内障,などである.しかし日本語名の変遷はともかく,あくまでも hemorrhagic glaucoma は new vessels formation に因るものに用いる(1871)ことに注意.であるから,ある種のぶどう膜炎や眼内腫瘍等で新生血管発生による眼圧上昇をも含む表現となっている.「性」を使わない方向性が混乱 ? を招いたり,誤解の元 ? になるのは変わりはない.日眼用語集もヘンなことをしてくれるものである.
ステロイド緑内障 steroid-induced
房水流出抵抗の増大を来たし,開放隅角型である.基本的には医原性疾患で,点眼のみならず,皮膚科で処方されるステロイド外用薬の眼周囲使用でも反応する.
ステロイドにより線維柱帯組織への細胞外マトリクス蓄積(fingerprint-like deposits)を促進させ,流出抵抗が増加する.ステロイドで眼圧が上がりやすい状態をステロイドレスポンダーという.レスポンダー responder は遺伝的に決まるが,強力なステロイドによる消炎効果と眼圧上昇は並行するという経験則がある.休薬により眼圧は下降する例がほとんどである.
かつて眼圧上昇の誘発に使った時代があった.
✋ステロイド以外の薬剤誘発緑内障は抗コリンということで,これらは閉塞隅角型で発症する.
ぶどう膜炎(虹彩毛様体炎)によるもの uveitic glaucoma
眼圧上昇がぶどう膜炎の一症状である場合と続発病変(合併症)の場合がある.
・Posner−Schlossman症候群(線維柱帯があやしい),
・サルコイドーシス(線維柱帯・Schlemm管があやしい),
・隅角部新生血管
(特にSchlemm管に絡む)
の発生で
・膨隆虹彩(虹彩後癒着が進行 → 絶対的瞳孔ブロック
・隅角癒着(虹彩前癒着が進行 → 全周の隅角が閉塞,虹彩ルベオーシスも同様
・毛様体浮腫(水晶体の前進 → 狭隅角
✋乳頭腫脹の存在で,真の異常陥凹がマスクされることが指摘されている.
水晶体起因性緑内障 lensⲻinduced glaucoma
・水晶体過敏性緑内障 phacoanaphylactic glaucoma:水晶体タンパクを抗原として免疫複合体を形成し,その部分症状として眼圧上昇をきたす(よーするに,本質はぶどう膜炎 ・・・
・水晶体融解緑内障 phacolytic glaucoma:過熟白内障から(外傷を含め)遊出した水晶体タンパクを貪食した大量のマクロファージ,あるいは水晶体タンパクそのものが隅角を埋め線維柱帯に詰まり,眼圧上昇をきたすもの.マクロファージが居ても炎症は弱いことになっている.前房中には閃輝性の混濁を生じ,広隅角・深前房でありながら急性緑内障にそっくり.
・水晶体小片:手術などによる水晶体の破片
【原発】
隅角閉塞の機序に水晶体の位置異常や容積(形状)異常が関与する.最近では原発閉塞隅角の主原因は水晶体にあるとの考え方が多くなっている.正常範囲を超えた場合では続発とするが,両者の境界は明確ではない.
・真性小眼球症眼は,相対的に大きい水晶体のために相対的瞳孔ブロックをきたしやすく,加齢に伴う水晶体の肥厚とともに助長され,40⁓60代の比較的若い年齢で閉塞隅角緑内障を引き起こす原因と考えられている.また,症例によってはUBMでplateau iris configurationや水晶体と毛様突起の接触,圧排などの悪性緑内障の際に認められる所見が観察されることがあり,相対的瞳孔ブロックにこれらの要因が加わることによって隅角閉塞が生じると考えられる.
【続発】
・脱臼水晶体による瞳孔ブロック phacotopic glaucoma:
・球状水晶体・膨化水晶体による閉塞隅角緑内障 phacomorphic glaucoma:
囊性緑内障 capsular glaucoma or pseudoexfoliation syndrome
水晶体・虹彩・毛様体の無色素上皮を含む上皮細胞障害でムコ多糖(過剰な基底膜様物質・異常弾性線維)の沈着が生じる.並行する線維柱帯内皮細胞の変性と落屑物質とにより線維柱帯細胞間隙が詰まり,房水の通過抵抗が上がる.散瞳すると眼圧が上昇する.
高齢者の開放隅角緑内障の原因として,篩状板の脆弱性の指摘など続発緑内障ではないかもしれない,との研究者もいて注意が必要とされる.
落屑症候群.日眼用語では,落屑緑内障.
Sampaolesi line:
責任遺伝子:15q24.1(lysyloxidase-like 1(LOXL1) 多型
色素散乱症候群 pigment dispersion syndrome;PDS と 色素性緑内障 pigmentary glaucoma;PG
Zinn小帯により虹彩裏面の色素が擦り取られ,線維柱帯が目詰まりするもの.瞬目動作や近見調節により虹彩が奥にたわみ接触しやすくなる,とのことで,散瞳すると色素粒が後房から沸いてきたりして(落屑も似ている),遺伝的な虹彩色素の剝がれ落ちやすさ(虹彩萎縮)もあるらしい.欧米人と近視がリスクファクターになっている.これは,欧米人のほうが虹彩が薄い.近視眼のほうが角膜の硬性が低いことで瞬目動作で角膜が押され易く,一瞬前房圧が後房圧より高くなる(逆瞳孔ブロック).これにより萎縮している虹彩周辺部が後房へ押され,虹彩裏面が水晶体やZinn小帯と接触する,と解釈されている.さらに,比較的若年で発症することと,本邦での近視増加により注意が喚起されている.
散瞳すると眼圧が上昇する.角膜裏面や隅角の色素沈着と眼圧上昇を認めることになるが,視神経乳頭や視野に緑内障としての変化が無いとPDS,有るとPG.
Krukenberg spindle:内皮細胞に貪食された虹彩色素.特異性はない.
責任遺伝子:7q35-q36,
虹彩角膜内皮増殖症候群( ICE:iridoⲻcorneal endothelial proliferation syndrome,または
Iris nevus(Cogan-Reese syndrome)+Chandler's syndrome+Essential iris atrophy)
角膜内皮の異常により角膜混濁ををきたし,増殖内皮が隅角をおおう.のちに収縮すると虹彩表面を引き寄せ,虹彩前癒着(PAS:peripheral anterior synechia)が進行する.中年以降,片眼性に発症し,やや女性に多い.視力障害に眼痛を伴う.異常内皮は神経堤細胞の分裂・増殖の障害が中心で,本来は表層上皮である細胞が迷入したものや,化生 metaplasiaした状態が考えられている.化生にはHSVの関与が証明されることがある(元病変は先天異常なんだけどね.
特異的なスペキュラ顕微鏡所見が重要.続発緑内障を高率に合併する.
アミロイド緑内障
異型トランスサイレチンの線維柱帯沈着による流出抵抗増大.
Schwartz(ⲻ松尾ⲻ高畠)症候群
裂孔原性網膜剝離に伴う眼圧上昇.前房水中に視細胞外節(とマクロファージ)がみられる.
鋸状縁断裂とか毛様体上皮裂孔が多く,アトピーとか外傷後での若年性網膜剝離の特長にもなる.
アトピー緑内障
線維柱帯組織に10~30nmの超微構造の異常ファイバー物質が沈着する,開放隅角型の眼圧上昇.同時に眼房水の炎症性サイトカイン(IL-8およびCCL2)濃度の高値を認める,とのことである.
外傷 による眼圧上昇
・外傷性虹彩毛様体炎:特に透過性亢進による隅角閉塞
・前房出血,硝子体出血:特にghost cell glaucoma
・隅角損傷:毛様体の緊張が弱まり,Schlemm管が潰れる.あるいは線維柱帯のヒアリン変性により通過抵抗が上がる.
・水晶体脱臼
・眼内異物(鉄錆症
epithelial downgroth
角結膜上皮の眼内増殖
眼内腫瘍,眼球突出,そのたの眼窩病変,など
・壊死性悪性黒色腫
緑内障診療ガイドライン では
・続発緑内障
重篤副作用疾患別対応マニュアル(厚生労働省 2009年)~緑内障
■ 隅角形状で分けると(混乱するようなら,この項は無視!)
⒜ 開放隅角タイプ
①ステロイド緑内障;
②虹彩毛様体炎,ぶどう膜炎による緑内障;
③血管新生緑内障で Schlemm管に新生血管が生じたもの;
④外傷性緑内障;
⑤Posner−Schlossman症候群;
⑥水晶体起因性緑内障,囊性緑内障,色素性緑内障;など
⒝ 閉塞隅角タイプ
⑦虹彩毛様体炎,ぶどう膜炎で虹彩癒着を生じたもの;
⑧血管新生緑内障で隅角癒着を生じたもの;
⑨眼内腫瘍による緑内障;
⑩駆逐性出血,悪性緑内障;など
■ 毛様体ブロック
❀悪性緑内障 malignant glaucoma:房水が水晶体裏面あるいは硝子体中へまわってしまうもの.通常は有水晶体眼でのメカニズム(水晶体が前進 ← 硝子体圧の上昇)の説明であるが,無水晶体眼で瞳孔領に前部硝子体膜が嵌頓して発症するものも含める.人工水晶体眼での合併症ともなる.
■ 絶対緑内障 absolute glaucoma
眼圧亢進が長く続いた結果,視神経萎縮が完成し失明状態となったもの.この時期では眼圧は必ずしも高く維持されていなくてもかまわない.
■ 低眼圧 low tension とは
持続すると,角膜•網膜は緊張を失い皺襞を形成する.ぶどう膜は浮腫状となり血管透過性が亢進する.上強膜静脈圧は5〜8mmHgであることに因る.脳圧が優位になることで乳頭浮腫が生じる.後極部網脈絡膜皺襞により網膜は器質化し,不可逆的な肥厚となることで視力が低下する(低眼圧黄斑症).強膜も浮腫状となり永続すれば収縮に転じ眼球萎縮へと移行する.
房水排出の亢進,あるいは房水産生機能の低下で発症する.
特に前者では,外傷で強膜 ̵ 毛様体が解離し,ここを経由する排水能率の上昇によるものが代表.外傷では毛様体損傷による機能低下もあり得る.
■ 高眼圧症 ocular hypertension とは
眼内組織障害(その結果としての視機能障害)のない場合をいう.
ただし,眼圧測定には 角膜厚 の影響を受ける.現実に正常眼圧者(緑内障を含む)の中心角膜厚が518〜522µm であるのに対し,高眼圧症では535〜539µm であった,とのことである(Tajimi study,2005発表).
つまるところ視神経障害は,①眼圧上昇の程度と経過,②年齢,に依存する.これは,すべての病型に共通と考えられている.
と,いうことで,“おわり”.
○ 主な所見から考えられる病型
○ 眼圧上昇機序